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平和への願いを次世代へ 岐阜空襲から81年 岐阜市で「平和の鐘」式典
太平洋戦争末期、約900人が犠牲となった岐阜空襲。空襲から81年となる9日、岐阜市では「平和の鐘」の式典が行われ、市民らが恒久平和を願いました。
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岐阜市役所で行われた式典には、柴橋正直市長や空襲体験者、岐阜中央中学校の1年生など 約120人が参列し、はじめに、『岐阜空襲を記録する会』のメンバーが当時の悲惨な状況を語りました。
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岐阜空襲は、1945年7月9日の夜にアメリカ軍の爆撃機B-29約130機が飛来し、激しい空襲を受けたもので、10万発もの焼夷弾が落とされ、市街地の8割ほどが焼失しました。
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空襲を体験した山田昌子さんは、大好きな学校が一瞬で消え去り、「二度と姿を現さなくなった友達がいる」と当時の悲しみを振り返りました。
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「平和の鐘」が鳴らされたあと、参列者は 悲惨な戦争が二度と繰り返されないよう、静かに黙とうを捧げました。
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そして、岐阜中央中学校の1年生の代表生徒たちが、力強く「平和への誓い」を宣言し、「これからも笑顔で過ごせますように」と一年生全員による歌声が、みどりの丘に響きました。
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市役所の向かいにある「みんなの森 ぎふメディアコスモス」では平和資料展が開かれています。
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会場には、実物の焼夷弾のほか、家族で縄をつなぎ火の海を逃げ延びた様子を描いた絵物語などが展示され、訪れた人が熱心に見入っていました。
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※空襲を経験した女性
「かなり覚えています。妹が4歳、私は5歳でした。B29が低飛行で、窓を開けたらうわあっと目の前を飛びました。イランであろうが日本だろうが一緒ですけど、戦争はしたくないですね」
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※空襲を経験した祖母と資料展を訪ねた男性
「結構数字で見ると長いですけど、毎年テレビで見たり祖母から話を聞いたりするとまだまだ81年かという気持ちです」
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平和資料展は7月13日午後3時まで行われています。
