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死者7273人 全壊焼失14万2000戸…131年前の「濃尾地震」 次世代に伝える岐阜・根尾の子どもたち(フォーカスぎふ)

伊勢湾台風を契機に災害報道の必要性から生まれたぎふチャンでは、2022年開局60...
濃尾地震の資料を自ら集め語り継ぐ宮脇俊治さん(奥)=10月、本巣市の根尾谷地震断層観察館

 伊勢湾台風を契機に災害報道の必要性から生まれたぎふチャンでは、2022年開局60年の大きなテーマに防災を掲げています。今回のテーマは今(2022年)から131年前に起きた「濃尾地震」。直接の被災者はもういない大災害をどのように語り継ぎ、教訓を未来へ伝えるのか、地震でできた断層が残る地域での取り組みを取材しました。


 1891(明治24)年10月28日。現在の本巣市根尾を震源にマグニチュード8.0、世界でも最大級の内陸直下型地震が起きました。「濃尾地震」です。激しい揺れは美濃地方を中心に全国の広い範囲に及び、死者は7273人、全壊または焼失した家屋は14万2000戸。岐阜市では大規模な火災が発生し、市内は焼け野原になりました。当時の岐阜新聞は火の手が迫る中、倒壊家屋の下敷きになった女性と助け出そうとする男性を描いた挿絵を掲載し、「死傷者は数えられない。火災は6カ所で起こり、市中の九分を焼失」と報じています。


♪地震の話まだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん―


 地震から9年後の1900年に発表された「鉄道唱歌」の歌詞では、「岐阜と言えば地震」とまで歌われました。その後、地震により最大で6メートルのずれが生じた「根尾谷断層」は国の特別天然記念物に指定されています。また岐阜県は、地震が起きた10月28日を「県地震防災の日」と定めて、この地震を忘れないとし、防災意識の向上を目指しています。

 「10月28日午前6時37分」「断層が来たんやて。こっちへ、ダーっと」

 
 子どもたちに濃尾地震について語る宮脇俊治さん(79)です。本巣市の根尾地域で生まれ育ち、教員を務めた後、いまは根尾谷地震断層観察館で語り部活動を続けています。ただ、被災者から直接体験を聞いたのは、およそ40年前に一度だけ。自ら資料を集めて来館者に教訓を伝えています。

質問も入れながらやり取りします。

宮脇さん「これも上向いとるな。これもこれもこれも上向いとるね。なんで?」
児童「ずれたから」
宮脇さん「ずれたからね、はい。右側の…」

 宮脇さんは地震のメカニズムに加えて、当時の子どもが体験した現実も話します。

※宮脇さん
 「ちょっと(揺れが)治まったもんで(がれきの中から)はい出していって『おかあちゃん、どこにおるの』っと言ったらね、顔は見えとるんやて。で、『おかあちゃん』って言ったら、倒れた柱に挟まれてまってて、実は亡くなってたの」


 お米など食べ物がある人は無い人に少しづつ分け合うなど、この地域一体で耐えてきたことなども紹介。解説は短い時間でしたが、子どもたちの心には深く届いたようです。

※本巣市立根尾学園5年・橡川蓮さん
「もっと大丈夫なんじゃないかなと思っていたけど、すごいひどいことだったんだとびっくりして」「そのことをもっと広めて、こんなにひどいんだよということを伝えたいです」
※根尾学園5年・林里優(さくら)さん
「たくさんの人が亡くなったし、亡くなった人にもお参りをしていきたいし、一人一人を大切にしていきたいなと思いました」

 

 子どもたちの頼もしい姿に安心し、誇らしげな表情を見せる宮脇さん。語り部が語り継ぐ意義について「地震にも遭ったし、台風にも出合ってきたし、そういう中でもこうやって今の生活を営んでいるんやと(いうことを伝える)」と。これが地域の未来にもつながると信じています。語り部の活動は地元の子どもたちの心に響いています。


 語り部宮脇さんの語りを聞いていた林里優さんの兄は、中学生ながら防災士になり、下級生のために防災をテーマに授業をしました。根尾学園7年生の林宏瞭(ひろあき)さんは「僕もみんなに楽しい伝え方で防災を身近に感じてもらいたいと思います」と切り出し、下級生の3・4年生9人を相手に授業をしました。

 まずは、いま自分たちがいる教室。次に自分の部屋で地震が起きた場合の危険を図にして、発表してもらおうというものです。授業を受けた子どもたちは年齢の近いお兄さんの言葉に一生懸命耳を傾けていました。


 宏瞭さんの自宅は断層のそばにあります。家の石垣は断層面を利用したもの。林家では131年前の地震で当時の家が倒壊したという話も、代々伝えられています」

 リビング机の周りに集まったきょうだい3人が、地震について話していました。


宏瞭さん 「(東日本大震災で)被災した人が『冷蔵庫が歩いて来た』って言ったって聞いて、無茶怖かった」「それだけ動き回って危ないってことやね」
姉・花優(はなこ)さん 「そうやね」
妹・里優(さくら)さん 「重たいのにそんなに動くってすごい」

 里優さんは、家族や地域の人からいろいろな話を聞いて、備えの大切さなど、防災に対する考えを深めたようです。語り部活動についても「語り部さんの話も聞いて災害とかの実感も湧いたし、語り継ぎは心に響くから、私も語り継ぎをしていきたいと思いました」と話しています。

 現在8人暮らしの林さんの家では、宏瞭さんを中心に、家族みんなで日頃から備蓄品や家具の転倒防止などの対策に取り組んでいます。花優さんも市や学校での取り組みや、宏瞭さんに学び、防災士の資格を取りました。早速感じていることがあるそうです。

※林花優さん
 「避難所のリーダーは男性が多いという話があって、それだとどうしても男性寄りの意見になってしまうので、リーダーにもっと女性が入って、女性も活躍していくべきだなと改めて感じました」

 こうした子どもたちの姿に母・絵美さんは、ご先祖や語り部さんたちの話を大切にして、語り継いでいきたいと言ってくれていることが一番うれしいと明かします。「中学生の今だから気付けることやアイデアとかを大切に頑張っていってほしい」

 宏瞭さんは授業で「いつ、どこで、何が起きるか分からない。災害が起きた時に被害を最小限にできるように(防災への)興味を持ってもらうことが大切だと思うし、それを生かすことが一番大切。自分の身を自分で守れるようになってほしいと思う」―。こう語りました。語り継ぐ原動力は、地域や家族を大切に思う心でした。

(ぎふチャンテレビ2022年11月4日放送 フォーカスぎふ「今週のフォーカス」)

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