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戦後最悪の噴火災害 御嶽山噴火から8年 遺族は、対策はいま(フォーカスぎふ)

伊勢湾台風を契機に災害報道の必要性から生まれたぎふチャンでは、開局60年の大きな...
御嶽噴火による犠牲者を鎮魂する碑=9月、長野県王滝村


 伊勢湾台風を契機に災害報道の必要性から生まれたぎふチャンでは、開局60年の大きなテーマに防災を掲げています。今回は2014年に発生した「御嶽山の噴火災害」がテーマ。死者58人、行方不明者5人を出した未曾有の噴火災害はなぜ起こったのかー。関係者から聞きました。


 2014年9月27日。岐阜県と長野県にまたがる御嶽山で、戦後最悪の噴火災害が起きました。

※噴火当時の山小屋内の音声
「早く早く 奥に行ってください。今御嶽山が噴火したんだけど。御嶽が噴火した」


 秋晴れの土曜日。多くの登山客でにぎわっていた御嶽山でしたが午前11時52分、突如として噴火し、登山客を一瞬にして飲み込みました。死者58人、今も5人が行方不明となっています。


 各務原市に暮らす丹羽隆文さん。あの日、妻の玲子さん=当時(61)=とともに御嶽山に登り、王滝頂上から山頂の剣ヶ峰に向けて、八丁ダルミと呼ばれる尾根を登っていました。

 先に山の異変に気付いたのは玲子さんでした。

※丹羽隆文さん 
 「『お父さん、アレ何?』っていう風で私を呼んだものですから。振り向いたら噴煙が上がっていました」

 丹羽さんは目の前の岩陰に逃げ込み、玲子さんの頭を抱えて、降り注ぐ噴石に必死で耐えました。しかし、岩からはみ出た下半身に噴石が当たり、2人は重傷を負いました。


※丹羽隆文さん 
 「喉が渇いたっていうからお茶をね、飲ませてあげようとしたんですけども、火山灰が口の中にいっぱい入っていたという風で飲もうと思っても飲めない。むせちゃうという風で。その後で『お父さん私もうダメかもしれない』って。それを聞いたときは本当に励ましようがないというか。悲しかったですね」

 登山が趣味だった2人。その後、玲子さんは静かに息を引き取りました。

※丹羽隆文さん 
 「家内はいろんな花とか、木とか好きでしたから。僕はただ黙々と登ってしまうので僕を呼び止めると『お父さん、この花が咲いている』とよく呼び止められて。そういう登山でしたね」


 当時の気象庁の噴火警戒レベルは「活火山であることに注意する」を意味する「レベル1」でした。噴火の2週間ほど前には噴火の予兆とされる火山性地震が1日に50回以上観測されたものの、警戒レベルは据え置かれたままでした。


※丹羽隆文さん
 「やっぱりあの時に噴火の予兆というものがあったわけですから。気象庁のほうからこうだから、ということで入山規制をしましょうよ、という話を出すべきだったと思います。大勢の命が失われてしまったということで。それだけは本当に。言いたいですね」



 なぜあの時、噴火は予測できなかったのでしょうか。

※名古屋大学御嶽山火山研究施設 金 幸隆(キム・ヘンユン)特任講師
 「あの噴火は水蒸気噴火と呼んでいます」

 名古屋大学特任講師のキム・ヘンユンさんは、予測できなかった原因は水蒸気噴火だったからだと話します。

 水蒸気噴火はマグマが地上に噴き出すマグマ噴火と異なり、マグマの熱などによって間接的に温められた水が沸騰して水蒸気となり、その圧力が高まった結果、覆っている岩盤や粘土層を吹き飛ばすことで発生する噴火です。

 御嶽山の地下の構造は近年研究が進んでいるものの、その実態については未だ捉えきれていない部分が多いといいます。

※金幸隆特任講師
 「地下の活動というのは時々活発化する、しかし活発化するんだけれどもそれが噴火に至らない。で、静まっていく。いつ活発化したときに噴火するかというのは分からないんですよ」


※記者
 当時はどうして噴火警戒レベルは1のままだった?

※金 幸隆特任講師
「日頃から地震活動というのは起こっているんですけれども、その数が噴火警戒レベルを上げるまでには達していなかったとご理解いただけたらよいと思う」


 一方で気象庁は噴火の後、警戒レベル引き上げの基準を明確化。2022年現在では1日当たり50回以上の火山性地震や山体の膨張が確認された場合、噴火警戒レベルを上げるよう運用しています。


 そのうえで金特任講師は、登山者1人1人が活火山を登ることへの意識を高めることが重要だと指摘します。

※金幸隆特任講師
 「ヘルメットとかリュックサックとか、携帯電話とかですね。まず1人1人が備えをする。そこが重要だと思います。自分が登っている山が活火山である、そして噴火警戒レベルが1であってもそれは噴火してもおかしくない、ということをまず知ってほしい」


 長野県はことし8月、2つのビジターセンターを開設しました。御嶽山の成り立ちや噴火の悲惨さを伝える「さとテラス三岳」、そして王滝登山口の目の前に位置し、施設自体がシェルターとしての役割も果たす「やまテラス王滝」。いずれも災害の教訓と安全な登山を伝える拠点としての役割が期待されています。


※観光客
「御嶽の勉強になったかなぁって思う。8年前いろんな事故があったからこういうのができて、これからは多少安心して登れるんじゃないかなぁと」

 
 一方で、取材時に、別の男性からはこのような本音も聞かれました。

※犠牲者の仲間の男性
 「一緒に登山していた時の仲間の遺品が、もしかしたらこちらに展示されているかもしれないという話を聞いたので、それを見に来ました。この施設を作るお金があったらもうちょっと行方不明者が5人いるわけですから、捜索の費用のほうにあててもらいたいなぁという個人的な思いはあります」


 災害発生から8年目となった2022年9月27日、御嶽山のふもとでは遺族を招いた追悼式が開かれました。その中には妻玲子さんを亡くした、丹羽さんの姿もありました。

 
 玲子さんを含む多くの犠牲者を出した八丁ダルミは、今も立ち入りが規制されています。


※丹羽隆文さん
「ここへ来るとやっぱりあの時のことが思い出されて、ちょっと悲しい気分にはなりますね。皆さん努力してシェルターを作ったりされていますから、それに従って、できるだけ早く(八丁ダルミに)行きたいと思っていますけれども。とりあえず元気なうちにはいきたいと思っています」


 長野県側には現在四つのシェルターが設置されました。また多くの登山者が亡くなった八丁ダルミでも、ふもとの王滝村がシェルター2基の設置を進めていて、来年の規制解除を目指しています。岐阜県側の登山道がある下呂市もシェルターの設置を検討しています。


 こうした整備が進む一方で、大切な人を亡くしたり行方不明になったりして時が経った今も苦しみ続けている人がいます。御嶽山の噴火災害はまだ終わっていません。


(ぎふチャンテレビ2022年10月7日放送 フォーカスぎふ「今週のフォーカス」)

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