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「平和の灯を守って」77回目の終戦記念日 岐阜県の戦争体験者が訴え

太平洋戦争では、空襲で多くの岐阜県民も犠牲となりました。あれから77年。世界中で...
戦争の体験を語る澤木長俊さん=14日午後、岐阜市内

 太平洋戦争では、空襲で多くの岐阜県民も犠牲となりました。あれから77年。世界中で「平和」が問われるいま、戦争体験者は危機感を語ります。

※澤木長俊さん
 「ある日の午後、B29の編隊が上空を通りすぎました。しばらくすると東の方に黒煙があがった。この戦争は絶対に勝つと信じていた僕たちには、本当に悲しい、虚しい思いでした」

 澤木長俊さん91歳。旧制岐阜中学校の2年生だった1945年6月、動員先で東の空に立ち上る各務原空襲の黒煙を目にして、衝撃を受けました。

 その半月後の7月9日、午後10時ごろに空襲警報が解除されて眠ろうとしたその時、近くで大きな爆音が響き、辺りが真っ赤に染まりました。

 岐阜空襲でした。

 数時間の間に1万発以上の焼夷弾が投下され、約900人が犠牲となりましたが、生き延びた澤木さんが見た光景もまさに地獄でした。

※澤木長俊さん
 「朝になって驚きました。長良川の南岸に焼夷弾で焼けただれた死体がいっぱい横たわる、重なり合うようにいるではないですか」

 戦後、岐阜新聞で専務も務め戦争を伝えてきた澤木さん。体験者が少なくなる今、平和への願いを語ります。

※澤木長俊さん
 「私たちは苦難を乗り越えて77年間、平和の灯を守ってきたんです。そして経済大国を作り上げました。でも残念ながら今、ウクライナ戦争、台湾問題、北朝鮮問題、わが国を取り巻く環境は非常に厳しいものはあります。でも何としても次の世代まで平和の灯を守ってもらいたい。これが私の本当の願いです」

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