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伝説の「ノー・ノー」左腕 大いに語る 元ドラゴンズ近藤真市さん(中)人生の師と采配の師と ぎふチャンラジオ

ぎふチャンのラジオ番組「吉村功のスポーツオブドリーム」。6月20日に元プロ野球ド...
「吉村功のスポーツオブドリーム」に出演した近藤真市さん(前列中央)。右が吉村功さん=20日、ぎふチャンラジオ第一スタジオ

 ぎふチャンのラジオ番組「吉村功のスポーツオブドリーム」。6月20日に元プロ野球ドラゴンズ投手で、今年から岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督を務める近藤真市さんがゲスト出演した模様をお伝えしています。2回目は、人生の師と仰ぐ故星野仙一さん、その野球論を手本する落合博満さんとの思い出です。

 プロ2年目で肩の痛みに見舞われ、以後は思うような成績を残せなかった近藤さん。7年目を迎えた1994年、首脳陣から野手への転向を打診されました。悩んだ末、近藤さんが相談したのが、初登板ノーヒットノーランを達成した時の監督だった星野さんでした。

                 

 星野さんは明快でした。「誰もできない記録をつくったピッチャーなんだ。ピッチャーの近藤で終われ」。近藤さんはこの一言で引退を決意し、すぐに当時の高木守道監督に伝えたといいます。

 「未練はありませんでしたか」と尋ねる吉村さんに、「やりたい気持ちはありましたけど、もうピッチャーとしていっぱいいっぱいの状態で、精神的にきつかったので、星野さんの一言ですっきりしたというか、肩の荷が下りました」と近藤さん。迷いを断ち切ってくれた恩師に感謝したそうです。

 ただ、近藤さんの野球人生はそこで終わりませんでした。引退後、スコアラー、投手コーチ、さらにはスカウトとして、選手時代も含めて35年にわたりドラゴンズに携わります。特に、投手コーチとして6人の監督の下で学んだ野球論、スカウトで磨いた若い選手を見る目が、大学野球の監督となった今、大きな財産となっているといいます。「この導きをしてくれたのは全部星野さんです」

 そんな近藤さんが監督という立場で掲げるのが「守り勝つ野球」。手本とするのは、ドラゴンズの監督としてリーグ優勝4回、日本一1回という輝かしい結果を残した落合さんです。

 「勝負に対する闘争心は星野さんのように持っていたい。一方で、野球論としては守り勝つ野球、落合さんの野球をやっていかないと勝てないと思っています」

 ベンチであまり表情を変えず、報道陣をけむに巻くような発言も多かった落合さん。吉村さんが「やはり厳しかったですか?」と水を向けますが、近藤さんの答えは「(落合さんは)温情の人です」と、少し意外なものでした。「ミスをすれば怒られますけど、次の試合で必ず使ったり。そういう熱さがありました」と、〝オレ流〟の人心掌握術を明かしてくれました。

 東海地区大学野球岐阜リーグを舞台に、星野さん直伝の闘争心と、落合さんから学んだ堅実野球をもって岐阜聖徳大の指揮を執る近藤さん。まもなく開幕する夏の全国高校野球選手権岐阜大会ではぎふチャンテレビ・ラジオの中継解説も務めます。次回、最終回では、そんな近藤さんから見た岐阜の野球の現状と未来を語ります。

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