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戦前の「はしご車」を修復 マニュアルもパーツもなく試行錯誤 岐阜県の中日本自動車短期大学

戦前の1935(昭和10)年に導入され、戦後にかけて、名古屋市消防局で活躍した「...

 戦前の1935(昭和10)年に導入され、戦後にかけて、名古屋市消防局で活躍した「はしご車」の修復が、岐阜県坂祝町にある中日本自動車短期大学で進められています。

 マニュアルもパーツも何もない中、作業は手探りで進められています。

 このはしご車には、ビルの11階に届く高さ30㍍まで伸ばすことのできるはしごが搭載されています。

※名古屋市消防局総務部施設課 装備係長 消防司令・羽山信人さん
 「このはしご車は、昭和7年に東京・日本橋で発生した『白木屋火災』(日本で初めての高層ビル火災)を教訓に、ドイツから3台導入されたうちの1台。昭和10年から昭和43年まで、33年間、名古屋市の火消し役として活躍した消防車です」

 当時、日本に「はしご車」を作る技術はなく、車両はドイツのメルセデスベンツ社製。

 現存しているのは、この1台だけということです。

 価格は当時の金額で約7万5000円。

 国産の乗用車が約2000円で買えた時代、非常に高価な消防車でした。

 この修復を任されたのが、坂祝町にある中日本自動車短期大学です。

 作業は2016年から始められましたが、部品や整備マニュアルは何もなく、困難を極めました。

※中日本自動車短期大学自動車工学科 学科長 清水啓司教授
 「昔の車で修理書や文献が無いので、手探りで自分たちで分解して、その構造を理解して修復する、その連続。なかなか思ったように作業は進まなかった」

 電気の配線を引き直し、代わりの無い部品は自作して、時には専門のメーカーと協力して、ひとつひとつ、作り上げていきました。

 エンジンが正常に動くまで、約3年かかったといいます。

 導入した時の姿を忠実に再現するため、塗装にもこだわりました。

 また、メーターパネルには岐阜県産のスギ材が使われる予定です。

 新型コロナの影響もあり、修復作業はまだしばらく時間が掛かりそうですが、名古屋市消防局の羽山さんは期待を寄せます。

※羽山さん
 「一目見て、かっこいい消防車だなと思った。この消防車を自走させることで、防火・防災(啓発)の役に立つと考えて修復することになった。これが修復されて、走る姿を想像すると、わくわくします」

 その期待に応えるべく、中日本自動車短期大学の関係者の奮闘はまだまだ続きます。

※清水教授
 「分解するのが、わくわくする。『ここはどうなっているのか』見るのが非常に楽しい」

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