ニュース/報道
   ●December 2007放送分 

■ガイアの夜明け 「あれから10年〜山一・拓銀の社員たちは今〜」


ガイアの夜明け


12月18日(火)よる10時00分〜10時54分

「あれから10年〜山一・拓銀の社員たちは今〜」

【出演者】
(ナビゲーター)役所 広司
(ナレーター)蟹江敬三

12月25日(火)、1月1日(火)はお休みします。
次回放送は、1月8日(火)よる10時〜を予定しています。


日本そして世界の経済の動きを幅広いテーマで描くドキュメンタリー。


【みどころ】
1997年、日本の金融史上、大きな事件が相次いで2つも起きた。一つは日本を代表する証券会社、山一証券の破たん。そしてもう一つは全国初の都市銀行の破たんである(北海道拓殖銀行)。突然路頭に迷うことになった社員たち。その数、山一1万人、拓銀5200人。あれから10年、元山一の社員、そして元拓銀の社員たちはどうしているのか?日本の金融業界の激動の10年を振り返る。

【内容】
■年収が4分の1以下に・・・苦難の10年
山一証券は、一部の幹部による不正、いわゆる「飛ばし」で2600億円以上もの簿外債務が発覚し、皮肉にも会社創立100年目に廃業となった。負債総額は当時戦後最大となる3兆円。日本の四大証券の中で最も歴史ある証券会社のあっけない幕切れだった。
あれから10年後の今年11月。廃業10年の節目に「山一同窓会」が全国各地で開催された。10年前、自らの会社の破たんを新聞やテレビなどのニュースで知った社員たち。彼らはその衝撃の事実をどんな思いで受け止めたのか?10年の時が彼らの重い口を開かせ、次々に証言し始めた・・・。
かつてエリートと呼ばれた元山一社員たち。しかしその後は、想像する以上に苦難の道を歩んでいた。1997年の金融危機で失業率は急激に上がり、企業は採用を控えていく中、特に中高年世代の元山一マンはさらなる時代の波に翻弄されてゆくことになった。元山一証券シンジケート部の52歳の男性は、山一破たん後、清掃関係の会社を立ち上げるも失敗。その後いくつかの会社設立に参加したが、経営トップと意見が合わず、ついには会社生活に見切りをつけ、現在はフリーター。1000万円近くあった年収は、4分の1以下になったという。それでも「もうサラリーマンはたくさんです」と語り、きょうも深夜のアルバイトへと向かう。

■元山一社員を再結集〜不屈の山一マン
「山一社員は本当に優秀だった。幹部たちは、潰れる前になぜ現場に相談しなかったのか」と当時の思いを語る元山一証券の社員、永野修身さん(49歳)。永野さんは、山一でトップセールスマンだったが、破たん後はメリルリンチ証券に転職。しかし、再就職に苦労する元山一の仲間たちを見て、人材業界への転進を決意した。そして立ち上げたのが金融業界に特化した人材紹介・派遣会社、マーキュリースタッフィング。人手不足に悩む金融企業と転職に悩む金融マンをうまくマッチングし、金融業界で評判となっている。そしてマーキュリー本社は、「まるで山一証券赤坂支店」との異名をとっている。なぜなら、社員の3分の1以上が元山一社員で、派遣スタッフも100人以上が元山一、相談に来るのも元山一というわけだ。山一マンの力を集め、3年後には上場、6年後には年商300億を目指すというマーキュリー。一部の幹部による不正隠しで、現場には何の説明も無くつぶれた山一証券を「反面教師」にして、理想の会社をめざす永野修身社長に密着取材する。

■“白い恋人”を再生する元拓銀マン
山一証券が自主廃業を決める7日前、1997年11月17日、およそ100年に渡り北海道経済を支えてきた大手都市銀行、北海道拓殖銀行がその歴史にピリオドを打った。バブル時代のリゾート融資などの失敗で経営が破たんしたのだった。5200人いた当時の行員は、1900人が営業譲渡を受けた北洋銀行へ、1200人が中央信託銀行へ、350人が整理回収機構へ、480人が日本IBMの小会社へ再就職を決め、およそ1200人は、自分たちの力で再就職する道を求めた。元拓銀マンたちは今、どうしているのか。
ほぼ10年後の今年11月22日、ニュースカメラのフラッシュを浴びる元拓銀マンがいた。あの「白い恋人」を製造販売する石屋製菓の島田俊平社長。北海道を代表する土産菓子「白い恋人」が、賞味期限改ざん問題で製造を停止してから約3カ月ぶりに売り場に並んだのだった。取引先の店舗を回って一連の不祥事を陳謝する島田社長。「信頼回復に向け精いっぱい努力していきたい」と再発防止を誓った。島田社長は拓銀破たん当時、本店に次ぐ大型店舗である帯広支店の支店長を40代で経験する敏腕だった。破たん後は、北洋銀行に転職し、常務取締役を経て現職に就いた。拓殖銀行の破たんから何を学び、石屋製菓再建に活かすのか。


■ガイアの夜明け 広がるゲームの可能性〜勉強・・・スポーツ・・・そして医療〜


ガイアの夜明け


12月11日(火)よる10時00分〜10時54分

「広がるゲームの可能性〜勉強・・・スポーツ・・・そして医療〜」

【出演者】
(ナビゲーター)役所 広司
(ナレーター)蟹江敬三

日本そして世界の経済の動きを幅広いテーマで描くドキュメンタリー。


【みどころ】
今や世界を代表するゲーム大国となった日本。対象者も子どもから中高年、そして高齢者まで広がってきているという。また、更にゲームは、医療などの分野にも活用され始めている。アメリカでは既に各分野の研究者、医師などがゲーム業界と協力し、医療・政治や社会問題をテーマにした「シリアスゲーム」という分野が確立している。
ゲームは単なる娯楽を越えてどこまで可能性を広げていくのか。そのゆくえを追う。

【内容】
■目指すは“大人のゲーム” ソフト会社の新たな挑戦
2004年12月に発売された「ニンテンドーDS」。日本国内での売上総数は約2000万台、世界で約6200万台の大ヒットを記録した。ゲーム業界紙のデータによると、ニンテンドーDSは、今まで一度もゲームに触れたことのない人がユーザーの3分の1、また、3分の1が30歳以上。今までのゲームとは違う層に広がり始めているのだ。
この傾向に、ゲームソフト業界大手の(株)スクウェア・エニックスも動き出した。新しく立ち上げられた「DSスタイル」プロジェクトチームは、ターゲットをこれまでとは全く違う、30〜50代のサラリーマン、OLや主婦にしぼっている。一体メンバーはどうやって新しいゲームソフトを発想しているのか、密着する。そしてチームリーダーの柴貴正さんが、今回手掛けるのは、「ワインのはじめかたDS」。ワインをもっと身近にしようというゲームである。一体それはどんなものなのか?

■「シリアスゲーム」の登場 新しいゲームのかたち
2007年9月、日本で初めてDiGRA(デジタルゲーム学術会議)が東京大学で開催された。世界中から、医療、教育、法律、環境など様々な分野から400人以上が集まった。「遊び」にとどまらない目的をもったゲームを「シリアスゲーム」と呼び、様々な分野でのゲームの可能性が研究されているのだ。
その本場、アメリカ。ボストン郊外の大学では、ゲームを使って歴史の授業を行う。国もシリアスゲームを活用、アメリカ法務省では「災害シュミレーションゲーム」の開発を後押しし、アメリカ各地の消防士や病院、医師や看護師が訓練に使用している。

■病院にゲームセンター!?ゲームでリハビリする高齢者たち
ゲーム大国日本も、シリアスゲームの開発に乗り出した。神奈川県綾瀬市のデイケアセンターは、なんとゲーム会社大手の「バンダイナムコ」が経営している。やってくる高齢者たちが夢中になっているのは、太鼓を叩くリズムゲーム「太鼓の達人」、出てくるワニをハンマーで叩く「ワニワニパニック」。これらは、もともとあったゲームを叩くものをやわらかくしたり、座ってできるようにしたり高齢者のリハビリ用に改良されたものなのだ。
協力するのは、九州大学医学部の高杉医師。ゲームが高齢者のリハビリに効果があるという医学的効果の分析を行う。高齢者の転倒事故が多いことから、下半身を鍛えるゲームを思いつき、ナムコと共に開発。出てくるヘビを踏みつける「ドキドキへび退治」が完成した。一体ゲームは日本の医療の現場を変えるのか?


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