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   ●November 2007放送分 

■日経スペシャル カンブリア宮殿〜村上龍の経済トークライブ〜


カンブリア宮殿


11月26日(月)よる10時15分〜11時9分

「信念の米作り 〜日本一うまい米をつくる男」


5億5000万年前のカンブリア紀のように、次なる進化を求めて大きく動き出した日本。『平成カンブリア紀』を生き抜くための知恵とは?経済人たちを作家・村上龍が直撃する。

【出演】
メインインタビュアー: 村上龍
サブインタビュアー: 小池栄子

【ゲスト】
遠藤五一
上和田有機米生産者組合
1958年、山形県高畠町生まれ
「コシヒカリ」4ヘクタールを生産

【観客】
朝食:パン50人、ごはん50人

【見どころ】
作家・村上龍が旬の経済人をゲストに迎え、旬の経済テーマについて語る1時間のトーク番組。今回のゲストは、日本一おいしい米を競う「全国米食味分析鑑定コンクール」で、4年連続金賞を獲得した上和田有機米生産者組合の遠藤五一を迎える。穏やかな表情の奥に確固たる信念をもつ、遠藤氏の魅力に迫るとともに、国民の生活習慣や産業構造の急激な変化にさらされている、日本人の主食=コメの将来について、語る。

【内容】
毎年開かれる「全国米食味分析鑑定コンクール」。日本一おいしい米を競うこのコンクールで、4年連続最高得点を獲得し金賞に輝いたお米がある。それが山形県高畠町、上和田有機米生産者組合の、遠藤五一氏が作る、完全無農薬米だ。今や米市場は完全に自由化され、米価は下落する一方。そんな中、遠藤の完全無農薬米は、激安米の4〜5倍の値段で売られている。にもかかわらず、予約と契約とで、3ヶ月も経たずに完売。始まりは21年前、農薬の空中散布を阻止する闘いだった。その時遠藤は「われわれの身体と自然環境に対して『安心・安全な』お米を作ろう」と、逆風激しいなか、立ち上がった。かつて日本のどこの農村でも行われていた、農薬や化学肥料を使用しない“有機農法”。それは確かに過酷な重労働。しかし遠藤たちはその労苦をものともせず、有機米作りの技術向上に日々いそしんできた。結果、遠藤の米は、「安心・安全」だけでなく、全国米食味コンクールにおいて、4年連続最高得点で金賞を受賞。「日本一おいしい」米であることが証明された。そんな遠藤は、米の生産者であると同時に、疲れしらずの精力的な営業マン。生産者自らが、小売の現場に出向き、販売者と消費者の生の声を聞き貴重な情報として、高畠の有機米生産者組合の仲間たちと共有する。穏やかな表情の奥に確固たる信念をもつ、遠藤五一氏の魅力に迫るとともに、国民の生活習慣や産業構造の急激な変化にさらされている、日本人の主食=コメの将来について、考えをめぐらせる。


■日経スペシャル カンブリア宮殿〜村上龍の経済トークライブ〜


カンブリア宮殿


11月19日(月)よる10時〜10時54分

「日本のコーヒー王が吠える!安さを超えた価値を売れ」


5億5000万年前のカンブリア紀のように、次なる進化を求めて大きく動き出した日本。『平成カンブリア紀』を生き抜くための知恵とは?経済人たちを作家・村上龍が直撃する。

【出演】
メインインタビュアー: 村上龍
サブインタビュアー: 小池栄子

【ゲスト】
鳥羽博道 ドトールコーヒー名誉会長
1937年10月11日、埼玉県生まれ。深谷商業高校時代に父親と喧嘩し家出同然で上京。新宿のレストランで働く。その後、喫茶店やコーヒーの卸売業に携わり、1958年ブラジルへ単身渡航。コーヒー農園で3年間働いた後、帰国。コーヒー会社に勤務した後、1962年ドトールコーヒー設立。自分の部屋の8畳一間からのスタートだった。コーヒー豆の焙煎加工卸業から始め、1972年にコーヒー専門店「カフェコロラド」をチェーン展開。ヨーロッパで本場のカフェに出会ったのを機に、1980年150円の“立ち飲み式“店舗、「ドトールコーヒーショップ」をオープン。喫茶革命と言われ、現在全国に約1500店舗を構える。「エクセルシオールカフェ」、「オリーブの木」など次々と新業態を開発。2000年、東証一部上場。現在は息子である豊氏が代表取締役社長を務める。

【観客】
仕事の合間にコーヒーで休息をとるサラリーマン100人

【見どころ】
今回のゲストは、日本最大のコーヒーチェーンであるドトールコーヒー名誉会長、鳥羽博道。1980年、それまでの喫茶店のイメージを激変させる明るい店内と驚きの価格を実現したコーヒー店「ドトールコーヒーショップ」を開業し、バブル期に海外勢まで上陸して繰り広げた“コーヒー戦争”をもろともせず、今も売り上げを伸ばしている。「一杯のコーヒーで、安らぎと活力を」の理念で巨大なコーヒーチェーンを築き上げ、日本にコーヒー文化を根付かせた男が語る、「安さを超えた価値を売れ!」

【内容】
1980年・・・、それまでの“喫茶店”のイメージを激変させる明るい店内と驚きの価格を実現したコーヒー店「ドトールコーヒーショップ」を開業。今や国内に1500店舗を構える日本最大のコーヒーチェーンに育て上げたドトールコーヒー名誉会長、鳥羽博道。バブル期、海外勢まで上陸して繰り広げた“コーヒー戦争“をもろともせず、その後、あのスターバックスの攻勢にさらされながらも、今も売り上げを伸ばしている。その全く知られざる強さの裏側とは・・・。そこには、“たかが180円”に全身全霊を賭ける鳥羽の恐ろしい執念があった。19歳の時に辿りついた「一杯のコーヒーで、安らぎと活力を」の理念で巨大なコーヒーチェーンを築き上げ、日本にコーヒー文化を根付かせた男が語る、「安さを越えた価値を売れ!」

ドトールコーヒー“低価格”実現の軌跡
(1)変わらぬコーヒーへの思いと理念
19歳で喫茶店の店長を任された鳥羽が真っ先に考えたこと。それは、「喫茶業がこの世に存在する意義」だった。思案の結果辿り着いた答えは、「一杯のコーヒーを通じて安らぎとコーヒー活力を提供する。これこそが喫茶業の使命だ」。戦後間もない時代、都会に暮らす人々は、心身共に疲れ果てているという印象が強かった。そうした人たちに必要なのは安らぎと活力ではないかと考えた。これは鳥羽が曲げる事のない理念であり、ドトールを育て上げた原動力でもある。

(2) “パリの衝撃“から生まれたドトールコーヒー
1971年、鳥羽は喫茶業界のヨーロッパ視察ツアーに参加した。「朝シャンゼリゼを歩いていると、地下鉄の駅から出てきた通勤客の多くが、近くのカフェに次々と入っていく。つられて店内に入ったら、驚きました。」テーブル席が空いているにもかかわらず、立ってコーヒーを飲む客。不思議に思ってメニューを見ると、値段が違った。テラスで飲むと150円、店内のテーブル席だと100円、立ち飲みだと50円。「これだ!と思いましたね。」これこそが喫茶店の最終的な業態ではないかと思った鳥羽。ドトールの誕生は、この時思い付いた。

(3)一杯150円コーヒーの実現
1980年、立ち飲みコーヒーの第一号店「ドトールコーヒーショップ」を原宿にオープン。一杯の値段は150円。通常の喫茶店では300円の時代である。「お客さまが負担を感じない価格は一体いくらか?それを実現するには何が必要か?」そのためにできる限り機械化して人件費を押さえる仕組みを作った鳥羽。“客ありき“を考える鳥羽らしい発想が、“低価格で高品質”な立ち飲みコーヒーを実現させた。


■日経スペシャル カンブリア宮殿〜村上龍の経済トークライブ〜




11月12日(月)よる10時〜10時54分

「デフレは永遠に続く!ニトリが“安売り”にこだわる理由」



5億5000万年前のカンブリア紀のように、次なる進化を求めて大きく動き出した日本。『平成カンブリア紀』を生き抜くための知恵とは?経済人たちを作家・村上龍が直撃する。

【出演】
メインインタビュアー: 村上龍
サブインタビュアー: 小池栄子

【ゲスト】
似鳥昭雄(にとり・あきお) ニトリ社長

1944年3月5日 北海道生まれ(63歳)
1966年 北海学園経済学部卒業、キョーエイアドエージェンシー入社
1967年  「似鳥家具店」創業
1972年 株式会社に改組
1985年 現社名「株式会社ニトリ」に変更
1989年 札幌証券取引所に上場
1993年 本州第1号店を茨城県ひたちなか市にオープン
2002年 東証1部上場
2007年 海外第1号店を台湾高雄市にオープン

現在の店舗数:146店(国内)・1店(海外)  
売上高:約1891億円

【観客】
家具購入を考えている夫婦50組100人

【内容】
今回のゲストは、北海道から出発したホームファッション“ニトリ”の似鳥社長。デフレ終焉といわれる中、低価格路線を維持する戦略で21期連続の最高益更新。いまも出店を加速している。さらに、今年、台湾に初の海外出店も実現。デフレ終焉といわれる中で、なぜニトリは安売りにこだわるのか?そして、それを支える家具の安売り王“ニトリ”の強さとは・・・どこにあるのか?作家・村上龍がそのビジネスモデルに迫る!


■日経スペシャル カンブリア宮殿〜村上龍の経済トークライブ〜


カンブリア宮殿 「これが10年後の東京だ!」


11月 5日(月)よる10時〜10時54分

「これが10年後の東京だ!」

今回のゲストは「港区の大家さん」といわれる、森ビルの森稔社長。巨大な開発を成し遂げた男に、10年後の東京を聞く。

5億5000万年前のカンブリア紀のように、次なる進化を求めて大きく動き出した日本。『平成カンブリア紀』を生き抜くための知恵とは?経済人たちを作家・村上龍が直撃する。

【出演】
メインインタビュアー: 村上龍
サブインタビュアー: 小池栄子

【ゲスト】
●森稔(もり・みのる) 森ビル社長
1934年 生まれ。
1959年 東京大学教育学部卒業
       同年6月の森ビル株式会社設立と同時に取締役就任。
1993年 代表取締役社長に就任。
2005年 日英文化交流への貢献を評価され名誉大英勲章を受章。

【観客】
世界の都市を飛び回るビジネスマン100人

【内容】
今回は、森ビルの森稔社長をゲストに迎える。都心の一等地に121棟のビルを所有し、 「港区の大家さん」といわれる、森ビル。代表作は、六本木ヒルズや表参道ヒルズ。そのトップ―森稔。東大へ進学、ひとたび文学を志した森はかつて「不動産賃貸業は、賃料という不労所得を稼ぐ社会の“寄生虫”ではないか」と思い悩んだ。そんな男が何故、東京の地図を塗り替えよう思い至ったのか?嵐のような反対運動が巻き起こる中、自ら土地買収に没頭し、巨大な開発を成し遂げた強固な信念を持つ男に聞く・・・「10年後・・・我々の東京は、どうなっていますか?どう変えるつもりなのですか?」


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