■柳ヶ瀬アーケード改修工事始まる

10月25日:15時23分51秒更新
岐阜市の柳ヶ瀬商店街のメイン通りの一部で、劣化していたアーケードの改修工事が25日から始まりました。改修工事が始まったのは、岐阜市の柳ヶ瀬商店街の入り口とメイン通りの一部にあたる、柳ヶ瀬通1丁目と2丁目、それに楽天地の約210メートルの区間です。全長約300メートルあるメイン通りのアーケードは、1991年に設置されましたが、天井などの劣化が激しく、ひび割れや穴が開くようになり、現在は落下しないようネットを張って応急処置をしています。改修工事は、総事業費約1億2千万円のうち、国が3分の2を補助して、4分の1を商店街が負担して行なう予定でしたが、全ての商店主らの足並みが揃わず、今回は、同意した商店街だけの自主的な工事となりました。今回の工事では、来月末までにアーケードの屋根を張替えますが、工事費の約1000万円は商店主らの自己負担となります。柳ヶ瀬本通会の西村昭男会長は「クリスマスも控え、ここは柳ヶ瀬の入口でもあるので、せめて明るい雰囲気にしたい。いずれは照明や防犯システムなども整備したい」と話しています。


■市岐商含め岐阜市教育検討委員会

10月24日:17時51分46秒更新
岐阜市立岐阜商業高校の移管問題で、外部の専門家から意見を聴く有識者会議が立ち上げられ、初会合が24日開かれました。会議は「岐阜市の教育のあり方」と「教育のブランド化による市の活性化」を題目に据えていますが、市岐商の移管問題の結論に向けて、市教育委員会が設置しました。24日の初会合では、教育や経済分野の有識者6人の委員の中から、岐阜女子大学・大学院の服部晃教授を委員長に選出しました。この問題は去年末から、京都市の学校校法人立命館が、中高一貫校の設立を目的に移管を提案しているもので、市側は「教育ブランドの施策にもかなう」として提案に前向きなのに対し、議会では、一部に反発の声もあり、これまでは足踏み状態が続いています。会合は、市側がこの問題の結論への方向性を見出すために設置したものですが、委員からは、焦点を絞るべきといった意見や、市岐商の存在意義そのものをまず、検討する必要があり、メリット・デメリットを精査すべきといった意見も出され、24日は、今後の議論を進める上での入り口の段階で止まりました。有識者会議は、今後月1回のペースで来年2月までに、あと4回程度開いて、取りまとめをするということです。


■飛騨古川まつり会館・25日から営業再開

10月24日:17時46分27秒更新
横浜市のマンション建設に絡む構造計算書の偽装を認めた建築士が関わったとして使用が中止されていた飛騨古川まつり会館について、飛騨市は、安全性が確認されたとして、25日から営業を再開することにしました。営業を再開するのは、飛騨市古川町壱之町の「飛騨古川まつり会館」です。飛騨市は、耐震偽装を認めた遠藤孝1級建築士の関与が判明したため、今月18日から施設の使用を中止していました。そして、東京都の設計管理者が東京理科大学の寺本隆幸教授に委託して再計算をすすめていましたが、24日午後に「使用について安全上問題ない」との飛騨市に連絡があったことから、市は、25日から営業再開することを決めました。


■日中不再戦・岐阜市から杭州市へ派遣

10月24日:17時44分01秒更新
岐阜市は、中国・杭州市と戦争を再び繰り返さないことを誓った碑文の交換から45周年を記念して、来月1日から杭州市に訪中団を派遣します。岐阜市と中国・杭州市では、日中国交正常化の10年前となる1962年に、戦争を繰り返さないことを誓いあい「日中不再戦の碑文」を交換していて、1979年に友好都市提携を締結しています。その不再戦の誓いから45周年を記念して、ことし8月に、杭州市長らが岐阜市に訪れていて、岐阜市は、来月1日から細江茂光市長を団長に、9人の代表訪中団を結成して5日間の日程で杭州市を訪問することにしました。訪問中には、記念式典に出席して、記念植樹などをするほか、上海市に渡って中国での観光産業の動向などの情報収集もする予定です。岐阜市では、友好都市提携の締結以来1年おきに杭州市と相互訪問しているほか、現在、環境分野で杭州市から職員を受け入れていて、来年には、岐阜市の職員を杭州市に派遣したいとしています。


■各務郡の役所跡発見か

10月24日:11時40分48秒更新
県教育文化財団文化財保護センターは23日、各務原市蘇原青雲町(そはらせいうんちょう)の広畑野口(ひろはたのぐち)遺跡で、飛鳥時代から奈良時代の役所・官庁にあたる官衙(かんが)に関連する遺構の可能性が高い掘立柱建物跡群を発掘したと発表しました。専門家は、各務郡(かかみぐん)の郡衙(ぐんが)の一部である可能性が極めて高いと推測しています。発掘されたのは、7世紀後期から8世紀の掘立柱建物跡4棟です。うち1棟は桁行2間、梁行7間あり、当時の集落跡など同様の建物跡と比べても大きいのが特徴です。調査では、役人の必需品である円面硯5点や転用硯が多数出土しました。建物跡に隣接する土坑からは千点以上の須恵器が出土しました。県文化財保護センターは、掘立柱建物跡は官衙(かんが)に関連する遺構の可能性が高いとしているものの、建物群を区画する溝などが確認されておらず、官衙(かんが)のどの部分を構成するかは不明としています。広畑野口遺跡は、周辺一体が遺跡の集中地区になっています。指導調査員の八賀晋三重大名誉教授は「調査場所は山田寺跡の南方に位置する。寺を維持する施設は寺院の裏側にある事から、各務郡の郡衙の一部である可能性が極めて高い」とコメントしています。現地説明会は10月27日午後1時半から行われます。


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