■地球街道 アイルランド春紀行 〜絶景のアラン諸島へ〜

5月31日(土)よる10時30分〜10時55分
アイルランド春紀行 〜絶景のアラン諸島へ〜
【旅人】 古村比呂
【ナレーション】中村雅俊
アイルランドの小さな島で生まれたアランセーター。編み物が趣味という古村比呂が、家族のぬくもりと絆の象徴といわれるアランセーターの故郷に旅立つ。

【みどころ】
編み物が好きな古村比呂が旅するのはアイルランド西部。アイルランドでは植物が完全に分解しないで長い年月に堆積した泥炭(ピート)が貴重な燃料。1ヵ月天日で乾燥させたピートは、暖炉でやさしいぬくもりをもたらす。フェリーに乗って向かうのはアランセーターの生まれ故郷、アラン諸島のイニシュモア島。5歳から編み棒を握っていたというマギーさんに編み方を習う。最後に、この島の最も神秘的な場所へ・・・。
【内容】
アイルランド西部にある小さな島、アラン諸島は、アイルランドが生んだ偉大な贈り物「アランセーター」の故郷。編み物が趣味だという古村比呂さんは、家族のぬくもりと絆の象徴といわれるアランセーターを編んでみたい!と、アラン諸島を目指します。その夢の旅に待っていたのは、優しさと大らかさにあふれた暮らし、そして、息を飲む絶景でした。
<ダブリンから西へ>
アイルランドの首都・ダブリンは、人口110万を越す大都市。しかし、ひとたび西へと車を走らせると、荒涼たる大地が続きます。古村さん、シャベルのようなもので土を切り出している人を発見。この、一見レンガのようにも見える土の固まりの正体は、ピート(泥炭)。枯れた植物が完全に分解されることなく、長い年月をかけて堆積したものです。ピートを掘っていたジョーさんが、ご自宅でその使い方を教えてくれました。石炭のほとんど採れないアイルランドでは、ピートが貴重な燃料。およそ1ヶ月、天日でじっくり乾燥させ、暖炉に入れて使います。じんわりと優しい暖かさは、まさに大地が育んだぬくもりです。
<キルフェノーラ>
アイルランドの夜といえば、パブ!もちろんお目当ては、本場の黒ビールです。パブでは誰もが友達。ひとりビールを楽しむ古村さんを、地元のおじさんが「隣の小屋でセットダンスをやっているから、一緒に行かないかい?」と誘ってくれました。(半ば強引に)おじさんに連れ出された古村さん、隣の小屋に行ってみると、老若男女たくさんの人々が音楽に合わせて踊っています。これが「セットダンス」。独特の旋律に乗せて繰り出される、軽快なステップが特徴の、アイルランドの伝統的な社交ダンスです。上着を脱いで、やる気満々の古村さん。ダンス、というより振り回されている感じではありましたが…こうして、アイルランドの賑やかな夜は更けていったのでした。
<ゴールウェイ>
アイルランド第3の都市、ゴールウェイ。アイルランド西部の中心都市です。この街で、古村さんが真っ先に立ち寄ったのが毛糸屋さん。そう、憧れのアランセーター用の毛糸を探しているのです。
アランセーターは、編み目模様が多彩なことで世界的に知られています。その細かく複雑な編み目模様は、実に想像力に富んでいます。編む人によって模様の組み合わせも変わるため、かつては模様を見れば誰が編んだ物なのかわかったと言われているほど。そしてその複雑な模様は、かつては白いセーターにのみ付けるものだったのだそうです。それは、白いセーターが男性用の結婚式や堅信式の衣裳だったから。神聖な儀式だからこそ、こうした模様を施したのかも知れません。それでは、このセーターが生まれた島へと向かいましょう!
<アラン諸島>
アラン諸島へ渡るフェリーは、ゴールウェイからおよそ40キロ西にある、ロサヴィールという港から出ています。波に揺られること45分、ようやく島に到着です。アラン諸島は、イニシュモア、イニシュマン、イニシィアという3つの島からなっており、今回古村さんが訪れるのは、その中で最も大きな「イニシュモア」。それでも人口は千人に満たないという小さな島です。ここが、アランセーターの生まれた場所。
海岸沿いの道を歩いていると、海藻を採っている人を見つけました。アラン諸島では、ヨーロッパでは珍しく、昔から海藻を食べる習慣があるのだそうです。食用はもちろん、薬としても使われたそうですが、その他にも、非常に重要な役目があるのです。それは、肥料としての使い道。もともと石灰質の岩でできたアラン諸島の大地には、ほとんど土がありません。そこで、海から持って来た海藻と砂、砕いた岩で土を作り、ジャガイモなどの作物を作っていたのです。真っ平らな一枚岩でできたこの島には、風を遮るものがありません。土さえもない過酷な自然の中、それでも人は知恵と工夫と努力を糧に、この島で生きてきました。そして、アランセーターも生まれたのです。
古村さんは、アランセーターの編み方を習うため、一軒の民家を訪ねました。温かく迎えてくれたのはマギーさん。母親が編んでいる姿を見ながら育ち、5歳のときから編み棒を握って来たというマギーさんでも、アランセーターを編み上げるには数週間はかかるのだとか。初心者の古村さんには難しいので、今回はミトンに挑戦します。マギーさんの手ほどきを受けながら編み進めていく古村さん、なかなか順調な滑り出しのようにも見えますが、「マギーさんが編んでいるのを見て、自分の頭で感じて、理解するのが大変」と語るように、伝統の技は、とても難しいものです。完成させるには、あと2週間はかかりそう。続きは、帰って東京で編むことにしましょうか…
古村さんは、イニシュモアの最も神秘的な場所へと向かいます。この世の果てを思わせる、荘厳なる風景。ドゥーン・エンガスは、およそ90メートルの切り立つ断崖の上に作られた、古代の砦です。およそ2000年前に作られた軍事要塞だとも言われていますが、詳しいことはわかっていません。アイルランドの西の果て、大西洋に浮かぶアラン諸島。どんなに過酷な自然の中でも、人々はたくましく、力強く生きています。その神秘の島で、古村さんが感じたこととは…?
■地球街道 とっておきのデンマーク〜世にも不思議な・・・!?〜

5月24日(土)よる10時30分〜10時55分
とっておきのデンマーク〜世にも不思議な・・・!?〜
【旅人】 西岡徳馬
【ナレーション】中村雅俊
40年前、玉川大学の学生としてヨーロッパ各地をめぐる公演旅行に参加し初めて海外を旅した西岡徳馬。今回の旅で、その時行けなかったちょっと変わった家に行くのが夢。

【みどころ】
学生時代に公演旅行で訪れたデンマークを40年経って再び旅する西岡徳馬。フュン島では王冠の看板を出すパン屋でデンマークという意味のデニッシュをいただく。デンマークの最高地点も訪れる。ユトランド半島では「命の水」という意味の飲み物を飲む。今回の旅の目的地レーソ島へはフェリーで90分。
昔ながらの塩作りを見学した後、そこで暮らす人のお宅を訪ねる。この島ではとても珍しい材料を使って屋根を葺いていた。
【内容】
東経11度、北緯57度。デンマークの北に広がる、荒涼とした風景の中に待つ「とっておき」。今から40年前、玉川大学の学生として演劇と日本舞踊の海外公演旅行に参加した西岡徳馬さん。その時見ることができなかった世にも不思議なものを見るのが、今回の夢です。
<フュン島>
旅の出発点は、フォーボーの街。街を歩く西岡さんが見つけた1軒のパン屋さん。所狭しと並ぶパンの中で、西岡さんのお目当ては「デニッシュ」です。デニッシュとは英語で「デンマークの」という意味。つまり、ここが本場、ということです。さて、お味の方は…?
<ユトランド半島>
フォーボーの街から西へ。橋を渡ると、そこはユトランド半島です。今回西岡さんが走るのは、この半島を縦断するハイウェイ「E—45」。南はイタリアから続くこのフリーウェイで、「とっておき」が待つレーソ島を目指します。
西岡さんは、高速道路を降りてちょっと寄り道。デンマークならではの名所に向かいます。ユトランド半島のほぼ中央、小高い丘の上に建つ塔のような建物が、その「名所」。そこにはデンマーク語で「最高地点」の文字が。海抜は、なんと170.95mだそうです。西岡さん、塔を昇って「デンマーク最高地点」からの眺めを楽しみます。
フォーボーから340キロほど。オールボーは酒どころとして有名な街です。この街で、西岡さんがちょっと試してみたかったのが「命の水」という意味の「アクアビット」。じゃがいもで作った蒸留酒です。アルコール度数45度のアクアビットは、ビールをチェイサーとして飲むのが通。おつまみは、この店自慢の肉料理、素朴な「牛肉の煮込み」です。今日のドライブはここまで。おいしいお酒と料理で、旅の疲れを癒します。
翌日、西岡さんが向かったのは、デンマークの最北端、スケーエンの海岸。実はこの岬で、ちょっと変わった風景が見られるというのです。ここグレーネン岬は、カテガット海峡とスカゲラク海峡がひとつになる場所。左から来る波と右から来る波が岬の前でぶつかり、奇妙な光景を作り出します。
西岡さんは、フレデリクスハウンの港へ。カーフェリーに乗って、レーソ島を目指します。東の沖合に浮かぶレーソ島までは約30キロ、90分ほどの船旅です。
<レーソ島>
東京都の1.2倍ほどの面積を持ち、人口およそ2000人のレーソ島は、デンマークで最も人口密度が低い地域と言われています。島を東へと走る西岡さんは、ちょっと気になる建物を見つけました。それは、製塩所。レーソ島は中世から塩作りの盛んな場所として知られ、今も昔ながらの手作業で塩作りをしています。年間に100万トンほど生産しているという塩作りを見せてもらいます。もちろん味見も…。
いよいよ、今回の旅の「とっておき」を目指します。それは、左半分の屋根が藁葺き、右半分の屋根はまったく別の素材でできている不思議な家。
実は、右半分はなんと「海藻」。小麦が育たないやせた土地のレーソ島では、藁葺きに使う藁も採ることができませんでした。そこで、島の人々は「オールグラス」という海藻を集め、それを根気づよく編んで家の屋根に仕立てたのです。海藻の屋根は、資源に乏しいこの土地だからこそ、人々が生んだ知恵。実際にこの家に住むご夫婦のお話を伺います。レーソ島の海藻屋根の家は、年々減っています。屋根の手入れに必要な海藻が、ほとんど採れなくなってしまったからです。現在この島に残る海藻屋根の家は、わずか20軒ほど。大切な伝統の海藻屋根を残そうと、島をあげての保存活動に取り組んでいます。
長かった旅の終わり、西岡さんはレーソ島に沈む夕陽を見に行きます。西の空には、沈む太陽。東の空には、昇る月。これもまた、「とっておき」の絶景でした。
■地球街道 デンマークの春〜アンデルセンの故郷へ〜

5月17日(土)よる10時30分〜10時55分
デンマークの春〜アンデルセンの故郷へ〜
【旅人】 西岡徳馬
【ナレーション】中村雅俊
学生時代に公演でヨーロッパをまわった西岡徳馬が、40年前の思い出をたどる旅。その時に公演をした劇場を訪れて40年前を知る人物に会う。当時はなかった橋も車で走る。

【みどころ】
1968年。当時21歳だった西岡徳馬は、玉川大学の学生としてヨーロッパ各地をめぐる公演旅行に参加し、生まれて初めて海外を旅した。行く先々の街で「夕鶴」と伝統舞踊の公演をし熱烈な歓迎を受けた。その40年前と同じ道を走りたいという西岡徳馬の若き日の青春の旅路をたどる旅。当時の思い出の残る人魚姫像やユースホステル、そして公演を行ったオーデンセ劇場を訪れる。さらに当時はなかった海峡大橋を車で走りぬける。
【内容】
1968年。当時21歳だった西岡徳馬さんは、玉川大学の学生として演劇と日本舞踊の海外公演旅行に参加しました。生まれて初めて旅した海外の国、デンマーク。西岡徳馬さんの、若き日の青春の旅路をたどる旅路は、春を迎えたデンマークの知られざる魅力にも出会える道でした。
<シェラン島>
デンマークの首都、コペンハーゲン。ここを訪れた誰もが見に行くもの、それが街はずれの海岸にある、おなじみ「人魚姫像」です。実は40年前、西岡さんは何を思ったかこの人魚姫の裏側に回って写真を撮ろうとし、海に落ちてしまったんだとか。当時の公演についてまとめた旅行記にも「西岡クンはその誘惑に耐えられず、海中に足をふみはずしてズブヌレとなった」との記述が…40年前の西岡さんと同じことを考える人は、今も後を断たないようです。皆さん、海に落ちないようにくれぐれもご注意を。
コペンハーゲン郊外、ここに西岡さんが忘れることのできない絶景があります。それは、40年前に宿泊したユースホステル。かつて泊まった部屋はすっかり新しくなっていましたが、西岡さんの心に深く刻まれた、今も忘れることのできない美しい風景は変わらずそこにありました。
コペンハーゲンから北へ50キロほど。スウェーデンとデンマークを隔てる海峡に臨む堅牢な城が、クロンボー城です。16世紀の北欧ルネサンスを象徴するこの城は、2000年、世界遺産に登録されました。またここは、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の舞台としても有名な場所。シェイクスピアは、12世紀に書かれたデンマークの歴史書にある逸話をもとに、あの名作を書き上げました。役者として幾度もハムレットの舞台を経験している西岡さんですが、実はクロンボー城も大切な思い出の場所。かつて仲間とここを訪れ、写真を撮った場所があるのです。どうしてもそこに行ってみたい西岡さん、クロンボー城の案内人に自ら交渉。さて、願いは叶うでしょうか…?
<フュン島>
首都コペンハーゲンがあるシェラン島と、対岸のフュン島を結ぶグレートベルト大橋は、全長18キロに及ぶ壮麗なる橋です。完成したのは1998年。西岡さんがこの地を訪れた時代は、2つの島を結ぶフェリーが唯一の交通手段でした。その橋を、夕陽に向かってドライブです。
フュン島の中心都市がオーデンセ。およそ18万人が暮らす、デンマーク第三の都市です。そしてここがアンデルセンの故郷。路地の一角には、彼の生家が今も遺されています。オーデンセの貧しい靴職人の家に生まれたアンデルセンは、後年童話作家として大成功をおさめました。アンデルセン博物館には彼の遺品や、世界中の子どもたちのために翻訳されたたくさんの本が並んでいます。
アンデルセン博物館からすぐのところにあるオーデンセ劇場。20世紀初頭に建てられた歴史ある劇場です。40年前の4月、西岡さんは玉川大学演劇舞踊団の一員として、その舞台に立ちました。40年の歳月を越え、西岡さんは再び思い出の舞台へ。自らの役者人生の原点に立ち返った西岡さん、その胸に去来する思いとは…?
■地球街道 驚きのコスタリカ〜神秘の熱帯雲霧林〜

5月10日(土)よる10時30分〜10時55分
驚きのコスタリカ〜神秘の熱帯雲霧林〜
【旅人】 麻生祐未
【ナレーション】中村雅俊
麻生祐未が、非武装中立国で美人が多く、豊かな自然が残るコスタリカを旅する。独特の動植物に出会える熱帯雲霧林の中で、ワイヤーにぶらさがって猛スピードで移動する!

【みどころ】
豊かな自然が残るコスタリカ。地球上の生物の約5%が住んでいるという。重装備で熱帯雨林保護区に入った旅人・麻生祐未は、ナマケモノ、ハキリアリ、白いコウモリなどに出会う。夜はハンモックに揺られて動物たちの様々な鳴き声を聞く。大湿地帯では、クロコダイル、ホエザル、イグアナ、バシリスクに出会う。標高1300mで高湿度の熱帯雲霧林では独特の鳥やカエルに出会う。そしてジャングル上空を猛スピードで移動する。
【内容】
中米の楽園と呼ばれるコスタリカ。四国と九州を足したほどの小さな国ですが、そこには驚くほど豊かな自然が広がっています。地球上のおよそ5%が、ここコスタリカに棲んでいると言われているのです。麻生祐未さんの夢は、そんな熱帯雲霧林を「飛ぶ」こと、なのですが…
<サラピキ地方>
首都サン・ホセから走ること約3時間。サラピキ一帯は、熱帯雨林に覆われています。多様な生物たちが暮らす命の森、ティリンビナ熱帯雨林保護区をトレッキングです。ガイドさんと一緒に吊り橋を渡ると、もうそこは熱帯雨林のジャングルの中。ここでは、一つの場所で養分を吸収したらその根を枯らし、新たな根を別の場所へと伸ばして徐々に移動していく「ウォーキングツリー」や、切り取った葉を巣に持ち帰り、それを発酵させて幼虫のエサとなるキノコを栽培する「ハキリアリ」、世界で唯一の白いコウモリ「シロヘラコウモリ」など、熱帯雨林独特の、すごい能力を持った動植物を見ることができるのです。
麻生さんのその日の宿は、熱帯雨林に囲まれたホテル。動物たちの様々な鳴き声を聞きながらハンモックに揺られます。
<ニコヤ半島>
テンピスケ川河口に広がる大湿地帯、パロ・ベルデ国立公園。ここのエコツアーは船でまわるのです。岸辺で悠然と休むワニやホエザル、イグアナ、そして水の上を走ることができるバシリスクなど、実にユニークな生き物たちが平和な暮らしを営んでいます。
<モンテベルデ>
湿気を多く含んだカリブ海からの空気が、標高1300mのこの地に雲、霧、雨となって降り注ぎ、独特な森林地帯を形成した、モンテベルデの熱帯雲霧林。そこは、高い木々の葉が広がる熱帯雲霧林で、日光を吸収するために背の高い植物に付着する「着生植物」、まるで猿のしっぽのような植物「モンキーテイル」などが多数棲息する、智恵にあふれた森です。
麻生さんの夢は、この森を「飛ぶ」こと。それは「森のタクシー」とも呼ばれ、もともとはレンジャーや研究者たちの移動手段だったカノピー。ジャングルの上空をワイヤーにぶら下がり、猛スピードで移動するのです。麻生さん、「夢」の感想は…?
この森には、世界一美しいと言われる鳥が棲んでいます。それは、幻の鳥「ケツァール」。ケツァールは毎日同じ木にやってくるというので、そのポイントをくまなく巡りますが、見つけるのは熟練の技。実に鮮やかな緑色をしたこの鳥は、古代マヤ文明では神の鳥として崇められ、手塚治虫の「火の鳥」のモデルになったとも言われています。麻生さん、幻の鳥を見つけることができるでしょうか?
最後に麻生さんが向かったのは、地球上で最も珍しい場所。それは、南北アメリカ大陸のほぼ中間点にあるコスタリカならではの絶景ポイントです。標高3432mの「イラス火山」がその奇跡の場所。西の太平洋までおよそ80km、東の大西洋までおよそ50km。ここは2つの海を肉眼で望むことができる世界で唯一の場所なのです。残念ながら、2つの海を見ることができるのは年に数回ほど。麻生さんが訪れた日は雲の海でした。そして目の前には噴煙を上げる火山が。
悠々と生きる山、懸命に生きる森。驚きのコスタリカを満喫した麻生さんは、その大自然を前に何を思ったのでしょうか?
■地球街道 魅惑のコスタリカ〜パン・アメリカン・ハイウェイを行く〜

5月3日(土)よる10時30分〜10時55分
魅惑のコスタリカ〜パン・アメリカン・ハイウェイを行く〜
【旅人】 麻生祐未
【ナレーション】中村雅俊
「豊かな海岸」という意味のコスタリカ。麻生祐未が、多様な自然が残る中米のコスタリカを旅する。コーヒー園でコーヒーブレイクを楽しんだり、サバネロの牧場を訪問する。

【みどころ】
中米に位置するコスタリカは、九州と四国を足したほどの小さな国。「豊かな海岸」という意味を持つこの国には、実に多様な自然が残されている。旅人・麻生祐未が訪れたのは、コスタリカの文化的シンボルとなっているサン・ホセの国立劇場、そしてカルタゴのロス・アンヘレス大聖堂。中央部ではコーヒー畑を眺めながらコーヒーブレイク。グアナカステ地方では、サバネロと呼ばれる牧場で働く男たちのお宅を訪ねる。
【内容】
パン・アメリカン・ハイウェイは、南北アメリカの経済的、文化的融合をはかろうと造られた道です。麻生祐未さんの夢は「中米の楽園」と呼ばれるコスタリカで、その知られざる文化に触れること。そして、穏やかで優しい人々の暮らしと出会うことです。
<サン・ホセ>
コスタリカの首都、サン・ホセ。その中心に建つ国立劇場は、19世紀末にヨーロッパから一流の技師を招き、パリのオペラ座を模して造られました。座席数1000席ほどの小さな劇場ですが、その造りは豪華絢爛そのもの。この国立劇場は、コスタリカの文化的シンボルとして今も人々に愛され、彼らの誇りでもあるのです。「コスタリカで革命が起きないのは、この国立劇場の窓を割りたくないからだ」と言われるほどに。
<エレディア>
麻生さんがコスタリカを訪れた3月中旬は、イースターの真っ最中。イースターはスペイン語で「セマナ・サンタ」。そのメインイベントが、キリストの受難と復活を再現するパレード、プロセシオンです。通常はキリストやマリアの人形などを乗せて廻るそうですが、エレディアでは、見ている人にわかりやすいようにと、役者たちがそれぞれの役割を演じるのが伝統。プロセシオンは、ローマにあるバチカン公認で、毎年1万人以上の人がつめかける盛大なパレードなのです。
<サン・ホセ近郊>
サン・ホセ近郊は、標高1000mを越える高原地帯。そこに広がっているのが、一面のコーヒー畑です。世界的に有名なコスタリカのコーヒーは、ちょっと酸味があるのが特徴。麻生さん、車を止めて極上の一杯をいただきます。
<カルタゴ>
コスタリカ最古の街、カルタゴ。この街のシンボルが、1926年に建てられたロス・アンヘレス大聖堂です。ビザンチン様式のこの教会には、コスタリカの聖母といわれる黒いマリア像が祀られており、中米各地からたくさんの人々が巡礼に訪れます。訪れた人々は膝をついて祭壇まで進んでいきます。それは、入り口から祭壇まで膝をついて参拝すると願いが叶うと言われているため。麻生さんも膝をついてお祈りを…何をお願いしたかは秘密、だそうです。
<グアナカステ地方>
熱帯乾燥地林が広がる、牧畜がさかんな土地。グアナカステでは、牧場で働く男たちは「サバネロ」と呼ばれます。サバネロとは、「草原の男」という意味。グアナカステ地方の伝統で、女性に愛を告白する際はギターの伴奏とともに歌でその思いを伝えるのだそうです。麻生さんは、サバネロたちが愛を告白した時のエピソードと共に、その「愛の歌」を聞かせてもらいます。
さらに麻生さんはサバネロのお宅を訪ねます。この辺りでは、今でも肉やビスケットを薪で焼くのだとか。その大切なかまどを見せてもらい、かまどで焼いたチーズビスケットをごちそうになります。さてそのお味は…?









