■地球街道 沖縄 国道58号線を走る!!〜父と息子の二人旅〜


地球街道 沖縄 国道58号線を走る!!〜父と息子の二人旅〜


11月22日(土)よる10時30分〜10時55分

沖縄 国道58号線を走る!!〜父と息子の二人旅〜

【旅人】林隆三・林征生
【ナレーション】中村雅俊

ゆっくり沖縄を旅したことがなかった父・林隆三と、沖縄は初めてという息子・林征生。沖縄の大動脈であり、あらゆる魅力にあふれる国道58号線をめぐる父子旅の後編。


【みどころ】
ゆっくり沖縄を旅したことがなかった父・林隆三さんと、沖縄は初めてという息子・征生さんが、沖縄の大動脈であり、あらゆる魅力にあふれる国道58号線を走ります。離島へ赴いた隆三さんと、幻の鳥を追う征生さん。2人の旅は、いよいよ「やんばる」の地に向かいます。

【内容】
<伊平屋島>
いったん別行動をとることにした2人。隆三さんが向かったのは、運天港から北へ40キロのところにある伊平屋島です。
太平洋戦争末期、沖縄海域でさかんに敢行された、特攻。その最後の突入現場となったのが、伊平屋島でした。
日本軍が駐屯していなかった伊平屋島の島民たちは、早々に投降していました。占領という特殊な平穏の中で、伊平屋島は終戦の日を迎えます。最後の特攻機が突入したのは、まさにその時でした。最後の特攻機を操縦したのは中津留達夫大尉。作家・城山三郎さんは、彼に特別な思いを抱き、「指揮官たちの特攻」という本を記しました。厚い人望と、抜群の飛行技術を持っていたといわれている中津留大尉が、なぜか目標を外したからです。隆三さんは、島の人の案内でその現場へ。勝利に沸くアメリカ軍のキャンプ地と、突入地点との間は、わずか200mだったといいます。最後の特攻機、中津留大尉は、なぜ目標をそれたのでしょうか?そこには今も63年前の痛切なる記憶が残ります。

<やんばるの森>
沖縄本島北部、やんばるの森。今から27年前、この森で世紀の大発見がありました。飛べない鳥、ヤンバルクイナです。
父・隆三さんと別行動をとる征生さんは、世界中でやんばるだけにしかいないこの鳥が見たいと、ちょっと早起き。地元で動物の保護活動に携わる久高さんに案内していただきます。いっこうに森の中へ入る気配のない久高さん。すると、なんと車道にヤンバルクイナが現れました。胸からお腹にかけての縞模様と、真っ赤なくちばしが特徴の、かわいらしい鳥です。征生さん、どうしても見てみたかったヤンバルクイナとのご対面は、双眼鏡を持つ手が震えてしまうほどの感動だったようです。
近年、ヤンバルクイナは激減しています。その理由の一つに考えられているのが、ハブを駆除するために移入されたマングースによる補食です。また、道端にエサが多く、車道に出てきて事故にあってしまうこともあります。そこで久高さんたちは、ヤンバルクイナが現れやすいエリアと時間帯を調べ、運転する人に注意を呼びかけているのです。

<謝敷>
再び、父と息子の二人旅。やんばるに入った国道58号線は、青い海と深い森に挟まれるように北へと伸びていきます。普段は会話の少ない父と息子ですが、美しい海を前にすると、いつもとちょっと違うようです。その美しい海をのぞむ小さな集落が、謝敷です。
集落の、南国の村らしい雰囲気が漂う路地を歩くと、塀代わりに防風林の役割を持つ「フクギ」が植えられています。集落に住む具志堅さんのお宅の縁側でシークワーサージュースのおもてなし。実は具志堅さん、三線の師範。ということで、もうひとつのおもてなし。この集落の民謡を歌っていただきました。

<辺戸岬>
やんばるの森に突然の雨。2人は58号線を離れ、旧道を通ってみることにしました。すると前方にそびえる岩壁が。実はこの切り立つ岩壁は、削り取った後の姿。険しい地形ゆえ、巨大な岩山を削り、ここに道を通すしかなかったのだそうです。
峠を越えると、沖縄本島最北端、辺戸岬に到着。サンゴ質の絶壁からなる、絶景の岬です。天気がいい日は与論島や沖永良部島を望むことができるのだそう。
国道58号線は、那覇の明治橋からおよそ123キロこの場所で、一度途切れます。ところがこの先、海を越え、奄美大島、種子島を経て鹿児島市内へと続いて行くのです。その遥かなる旅路を、また父と息子で走る日は来るのでしょうか?



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